磨くとはなんぞや。
こんにちは、卯月です。
前回の記事で心を磨きたいと宣言した所まではよかったんです。
でも、ふと疑問に思いました。
「心を磨く」って、そもそも何をしたらいいの?
というか、
磨くとはなんぞや。
ということで今日は「心を磨く」ために具体的に出来そうなことについて考えていこうと思います。
心を磨く。
響きは綺麗げですが、これは意外と厄介なものかもしれません。
「磨く」と言っても、そもそも心に実体があるわけでもないし、「あなたの心は◯◯レベルです」と誰かが教えてくれる訳でもありません。
心を磨く=心の成長
そういう風にも考えられそうだなと思いました。
それなら、ひきこもりにとっての心の成長は、無理して外に出て人と触れ合うこと?
うーん、それも何か違う気がします。
わたし、自分のこと、思い返してみたんです。
自分の今までの人生で、心が成長したと思えたのはどんな時だったんだろうって。
そうしたら、やっぱり心が成長している時って、苦しい時なんです。
わたしは自分自身が苦しい時ほど、後から思い返して成長したなぁと思えました。
じゃあ、心を磨くには苦しめばいいのか。
それは……なんか暗くてイヤですね。笑
だったらどうしよう。
ということで次は苦しい時に自分が何をしていたのかを考えます。
苦しい時、わたしはその苦しみから解放されようと必死でした。
苦しい時は、やっぱり辛いわけですから、その苦しみを「なんとか」したい訳です。
「なんとか」の方法は色々あります。
逃げる、隠す、受け入れる、立ち向かう……
わたしの場合、その苦しみに直面した最初のうちは特に、「逃げる」「隠す」を選択しがちでした。
でも、ある時「逃げる」「隠す」の限界を知って。
それからは本当にたーまにですが「受け入れる」とか「立ち向かう」みたいな選択をするようになりました。
自分が成長したな、と後から思えるようになったのは、この「受け入れる」とか「立ち向かう」という選択をしたタイミングでした。
じゃあ、「受け入れる」「立ち向かう」時に共通していることはなんなのか。
それは「理想の姿」がハッキリしているということなのではないでしょうか。
苦しかったタイミングのことを後から考えると、
「受け入れる」「受け入れられた」時というのは、
「これを受け入れられたらこうなれるかもしれない」
と受け入れた後の輝かしい未来をどこかで期待していました。
そして、「立ち向かう」「立ち向かえた」時というのは、
「これに打ち勝ってこうなりたい!」
というイメージがハッキリ光っていました。
つまり成長出来るのは、「理想の姿」というのが自分の中に明るく見えていて、その力を頼りに目の前を切り開けた時なんです。
苦しい時の心の磨き方
①苦しい
②その苦しみを乗り越えた後の理想の姿をイメージする
③その苦しみに対して「受け入れる」「立ち向かう」という選択をする
これ、「理想の姿」を先に用意しておくと、苦しくない時にも応用できそうですね。
特に苦しいことがない時の心の磨き方
①理想の姿をイメージする
②それに向かってとにかく頑張る
③壁にぶち当たる
④その壁に対して「受け入れる」「立ち向かう」という選択をする
このプラスのサイクルを続けていけば、どんどん心が磨かれていきそうです。
今日のまとめ
「心を磨く」には苦しい時、壁にぶち当たった時に「受け入れる」「立ち向かう」という選択をすればいい。
といっても、わたしはまだ家にひきこもっている時が多くて、色んなことに逃げてばかりです。
受け入れる、立ち向かうって本当に勇気のいること。
でも、「ここで立ち向かえば心が磨かれるんだ!」と思ったら頑張れそうな気がします。
わたしも今日からこれを意識して頑張るので、一緒に頑張りましょう。
最後までお読みくださってありがとうございました。
以上、卯月でした。