ほんとの姿を探すけれど「わたしはずっとわたし」よね。目にうつる全てのことはメッセージ。
こんばんは、卯月です。
ねむり。ねむり。ねむる。
日々ねむり。今日もねむり。
一日中ねむい。ねむり。ねむる。
スミマセン。ちょっと遊びました。(のりで。笑)
なんかこう、たくさん言うと不思議な感覚がすることってありますよね。
文字とかだと「ゲシュタルト崩壊」って言うのかな。
「ずっと続く」とか「繰り返す」ってけっこう奥深いって気がして。
今日はそう。
そんな概念である「無限∞」についてと、起きてからぼんやりしていたら思い出した小学生のときの下校風景なんかを色々合体させてですね。
またもや独自路線でお話を開始していこうと思います。
それでは!れっつごー♪
むかしのこと、思い出したものから話した方がいいって気がするんだよね!
……人生としての一貫性を取り戻す為にも。
↑∞。8。無限。
ほんとの姿を探すけれど
いまね、如月くんが「人生としての一貫性を取り戻す為にも」って言っていましたが。そうなんです。
わたし自分の人生に対して直観的にすごく強い使命感を感じて生きてきて、そのほかの部分をかなり切り捨ててきたような気がしていて。。
いざ「ありのままの自分になるぞー!」と意気込んでみたものの、「ほんとの姿がどこにあるのかわからない」みたいなんです。
「ほんとの姿」なんて表現が薄っぺらいのかな。
でも、いままでの生き方。
自らの使命をまっとうするために自分自身はいま◯◯と感じる「べき」であるって思考から。
「べき」を外したら「自分って一体なにをどう感じる人間だったけ?」って分からなくなることがちょくちょくとあります。
みなさまはどう?
普段何気なく「べき」って考えてしまうことってありませんか?
そういうのってその場では当てはまっていた方が生きやすかったりするけれど。。
人生全体でみたらまわりのことなんて気にせずにありのまま生きたらよかったって思いそうだなぁって気づいて。
それをなんとかしたいのがわたしの現在です。
↓計画はこれ。
だから自分の感じたままを感じるってことをしたいんだけど。。
いままで押さえつけられてきた感性が
「いやハヤ。いままで散々感じるなって言われてきたのに、いきなり感じろと言われても困りマス。ハイ。」
って言ってるっぽい!
(あくまでイメージですが。笑)
それで。
どうしよっかね。
って話なのよ。うん。
……時が解決する事もある。
一歩ずつ!でも、やっぱりわたしは進みたいよ?
何気ないおしゃべりの下校風景
と、ここで!
最初に言った小学生のときの下校風景のお話です。
わたし小学校6年生のときの学校の帰り道にこんなことを友だちに言ったことがあるんですよね。
「テレビの中にテレビが映ってて、そのテレビの中にまたテレビが映ってるっていうのをずっと続けるとしたら、何回撮影したらいいんだろうって不思議に思うことがあるんだよね」
ほらほら、CMとかでたまにあるでしょう?
テレビの画面の中にテレビが映っているっていう演出。
それをもしも撮影で永遠に続けていったらどうなるんだろう、って疑問ですね。
小学生のときのなんでもない日常会話。
なんだけど、その映像を頭の中で流していたらピカン!とひらめいて。
そうか!!これは無限への興味だ!!!
と思いました。
当時、テレビの画面に映りきらなくなるまで撮影を繰り返したらいいのかなって一応結論は出しておいたのですが、自分の中では納得しきってなくて。
そういうことじゃあないんだよなぁ。。
って心のどこかでずっとモヤモヤしてたの!
わたしの中ではテレビに映るかどうかとかじゃなくて、「永遠」ってポイントが重要だったんです。
ずっと、永遠に、おんなじものが繰り返されるってどういうことかって疑問。
そしてそれってね。
高校物理でようやく知ることになった「無限∞」の概念の根本だったんです。
ちゃんと習うまでちっともわからなかったな〜
……今も尚ボクら分かっていないね。
「わたしはずっとわたし」よね
突拍子もないってことはわかってるけど、まぁ聞いてくだされ〜。
この話の何がほんとの姿と関係するかっていうとね。
それを思い出したことによって「わたしはずっとわたし」だったということを再確認できたのです。
いまは眠っているばかりでお勉強なんてろくにしていないし、ストレスの影響もあって高校で習ったことはほとんど思い出せなくなってしまいました。
だけどいまでも、物理とか数学って好きだし「無限∞」って概念そのものにけっこう興味あります。
◯〜◯歳のわたしはこんな感じで、●〜●歳のわたしはこうで。。
って頭で表面的なことばっかりなぞって「どれが一番ありのままなの〜!?」ってなってたけど。
根本って変わってない。
ずっとおんなじ魂をもってる。
昔から変わらずに抱いていた「無限∞」への興味関心でそんなことが分かりました。
わかったのはうれしいんだけど!
なんかあたまで考えすぎかも〜
……それに守られた事もまた多いが。
目にうつる全てのことはメッセージ
それが腑に落ちて、なんだかちょっと安心しちゃって。
行く道も帰る道もよくは見えない状態から、いままで歩いてきた道がちゃんと見えたって感覚でした。
ほっとひと安心。
じゃあそれが分かって次はどう進もう。
ってなったときに、今度は思い出した歌があります。
それは魔女の宅急便のエンディングテーマソングにもなった『やさしさに包まれたなら』って曲。
(松任谷由美さんの国民的人気ソングです☆)
わたしジブリ好きなので、たまに聴いたりするのですが。
その中の「目にうつる全てのことはメッセージ」っていう歌詞でインスピレーションが来て!
↓これのはじめの一曲。いい。
松任谷由実 の人気曲 松任谷由実 メドレー ♥ Yumi Matsutoya Best Songs 2020
この曲をあらためて聴いてみて。再確認。
すると。。
「目にうつる全てのことはメッセージ」って感覚で生きたらすてきかも🌿
となりました。
あたまで考えるばかりでなく、むりやり感じろと強制するのでもなく。
目にうつったことをメッセージとして一つひとつ受け取っていく。
むりをする必要はなくて、ただ自分自身の目を開いておけばいい。
そういうことでいいのかなって!
うまくいくかはやってみないと分からないけれど。
ただ目を開けておくっていう自然な形で生きるようになったら、それこそ自然に感じるものを感じるように変わりそうじゃない??
という希望です✨
期待しすぎはよくないのかな?でもとにかく!
頭でっかちなひとはそうやって心を取り戻そうとしています。
ってご報告まで今日はしておしまいへ行こうと思います♪
むりしないってことをした方がいいみたい!
……ありのままに無理をするとは無いだろうから。
まとめ
はい。ということで。
今回はほんとの姿についての気づきのお話でした。
新しい方針が言葉にまとまってスッキリ♪
自分のことをペラペラ話すのっていまだ少々照れるけれども!
いつかだれかの参考になることもあったりしたらうれしいなと思って言ってみました。
ちなみに、ふと思い出した光景がひらめきに繋がったたポイントはココです。
それが学校からのなんでもない下校の風景だったというところ。
なんでもないとき、ふと出てきた言葉。
それがいつかの大切な気づきになったりもするんだなって分かったら、今日話すひと言ももうちょっと重要なもののように思えそうだなとも感じました。
ま!今回の場合は意識してないってところがよかったんだけどね!
(矛盾やのぅ。)
それでは。おやすみなさい🌙
また明日ね〜!
……おやすみ。
今日も最後までありがとうございました。
以上、卯月でした。🈷
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